図書館で借りて読みました。村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」が貸し出し中だったので代わりに借りたものです。出だしから面白く最後まであっという間に読みました。ジャンルとしてはSFになるのでしょうか。5分だけズレてしまった世界が舞台です。時間のズレは5分ですが世界の変わり様はとても大きく、想像を膨らませてくれます。日本が第二次世界大戦に勝利した世界を描いた作品にフィリップ・K・ディックの「高い壁の男」がありますがそれを思い出しました。また、子供の頃に日本がアメリカとの戦争を回避していたらどんな世の中になっただろうかと想像していたことも思い出しました。日本は戦争に負けて良かったと思います。軍国主義的な国には住みたくありません。この物語の主人公は変わってしまった世界をどちらかと言えば肯定的に捉えています。主人公の最後の選択にはあぁそういうことかと思わされました。
トトが死んで約半年が経ちました。死んでしまった直後はそれがあまりにも急な出来事だったので心がついて行けず淡々と日常を過ごしていました。最近になってトトを失ってしまった悲しみが毎日のように襲ってきます。もっと早く病気に気付いてあげることができたらどうだったろうとか。しかし、発症すれば99%助からないとされる伝染性腹膜炎からは逃れられなかっただろうとか。病院の隔離されたベッドで死なせてしまったことの後悔の念があって、家で私の手の中で死なせてあげたかったとか考えてしまいます。最後の日に発作を起こして意識が朦朧とした状態だったトトの顔や死んで病院から連れて帰った時の表情を失ってしまったトトの死に顔が心の底から沸き上がってきて胸を締め付けます。毎日のように寝る前の時間になるとトトのことを考えてしまいます。もっとどうにかできたのではないだろうかと自問自答しながら眠りについています。生き物を飼っていると避けがたく起きてくる問題なのだと思います。ツブやテラの最後の時はもっとできることをやってあげたいと考えています。トトは偉大な猫でした。13年間私の暮らしを精神的に影で支えてくれました。それがあんなに呆気なく死んでしまうなんてあんまりです。トトの体重が減り始めた時、それが病気のせいだと気付いてやれていれば。考え始めたらきりがありません。
トトが死んでテラがやってきました。テラの暴れん坊ぶりがトトのことを少しずつ忘れさせてくれているようにも思えます。ツブは甘える相手が居なくなり代わりにけんかっ早い子猫がやって来て迷惑顔です。ツブは11歳です。寿命が来るまでにはもう数年あるでしょう。かわいがってやれる時間が残されていることに少し安心させられます。テラは目が悪い以外には健康そのものです。食事も十分に食べていますし体重の増加も順調です。子猫というより少年猫になってきました。伝染性腹膜炎の恐怖はまだ残っていて、テラが罹患しないか少し心配です。発症したら助からないのですから心配するだけ損なのですがトトの最後が頭から離れず忘れることができません。私の性格が暗くて後ろ向きなせいかもしれません。もっと「今」を生きなければと思います。人生の折り返し地点を確実に過ぎているのですから残された時間を精一杯生きたいものです。
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